 【2007年07月29日】 資源ゴミの日
新聞がすぐたまる。チラシが沢山入っているからすぐに新聞入れがいっぱいになる。燃えるゴミの日に捨てればいいのだが,これは「資源ゴミ」というのだそうで,月に1度の29日に出しましょうと言われている。しかも特定の「資源ゴミ置き場」まで運ばねばならない。そうすると町内に資源ゴミ回収のお金がはいる。そのお金で年に1,2回ゴミ袋を配ってくれる。ところが,出すのが月1回なのでついつい忘れてしまう。新聞一ヶ月分を運ぶのは大変である。重い上にあれは始末がよくない。そんなこんなで,もう3,4ヶ月分たまっている。コロコロした塊で7個もある。今日こそはと意気込んで新聞を出そうと決心した。「資源ゴミ置き場」へはわが家から70m近くある。そこまでどうやって運ぶか。この間は車で運んだ。よし,たまには運転しよう。鍵をもって車庫へ行った。ところが案の定というか,悪い予感どおり,車はうんともすんとも言わない。バッテリーが完全にあがっている。今年でもう3回目だ。車というのは週に1回ぐらいは動かさないといけないものらしい。ところが私は車にほとんど用がない。どこかへ行く時は最近はたいていタクシーである。タクシーだと乗っている間,運転しなくてもよいから楽である。かなりわがままになっている。しかもつまらないことをのんびり考えることができる。電車だとつい乗り過ごしたり,向かいの人の顔をみると,考えがあらぬ方向に行ったりすることがあるので,電車は考え事にふさわしいとは言えない。とにかく,そんなわけで私は車も車庫もありながらほとんど使用していない。今の車は使わない時でもいろいろ電気を食うらしく,運転してエネルギーを蓄積してやらないといけない。バッテリー上がりをしてJAFの人を呼ぶたびに「適当に乗ってやってくださいね」と言われるが,乗る必然性というのが全くないのだ。今回は肝心のときに全然役に立たないのでもう売っぱらってやろうと思った。車が無くなれば車庫が空くから,ここをジムにでもすればいいかもしれない。それはそうと「新聞紙」をどうするか,しかたがないから買い物キャリアーみたいなのに2ヶ月分を載せて外に出た。ところが階段のところがうまく通過できない。倒れて新聞も転がる。こういう作業こなすための訓練をいちじるしく欠いている私は,いい加減きれそうになる。深夜の2時ごろである。冷静に冷静に,もう一度縛り直して,いざ出発すると,このキャリアーが安物らしく,安定性を欠き,平地なのにまたひっくり返る。もう新聞紙もばらばらである。ビニールひもでくくったのに,それが用をなしていない。いつもジュースを買いに行く自動販売機のあたりで,そこら一面に新聞が散乱する。深夜2時5分ごろである。ここからあと50mぐらいだ。私は少しずつ新聞を持ち,歩いて「資源ゴミ置き場」へ向かった。こうして4回ぐらい往復すれば済むことだ。実際私は散乱現場から「資源ゴミ置き場」まで4回往復して,とりあえず2個口の新聞の塊を処理したのである。そして,家の玄関においた残りの5個についてはもう普通の燃えるゴミの日に出すことに決め,この屈辱をはらすべく,小銭を手にジュースを買いに再び自動販売機のある現場に向かった。好きなドリンクを2本買い,いっぺんに飲んでしまった。それで少し落ち着きを取り戻したが,本当,人生は山アリ谷アリだ。
 【2007年07月21日】 携帯の機種変更
携帯の機種変更をした。いままで私は家の中では1階にいることが多い。書斎が1階にあるからだ。すると携帯の表示はよく圏外になっていた。3階建てで鉄骨造りのせいでしかたがないのかと思っていた。ちなみにVodafoneで,まだSoftBankになる前だ。友達からも「お前の携帯はしょっちゅう通じないぞ」といわれていた。それが機種を変えたらもう大丈夫,いつも3本縦棒が立っている。こんなことなら早くお店に行けばよかった。ついでに今やっているキャンペーンにも応募した。Tシャツのデザインをするというやつで,ひょっとしたら入選するかもしれない。普通なら「これが応募作品」とウェブ上でお見せするのだが,そういう才覚はない。
 【2007年07月16日】 中国語落語,盛況のうちに
雨の中の中国語落語であったが,熱心な観客にささえられ,今年も無事に終えることができた。いっ平さんは「石の上にも三年」目で,さすがに中国語に少し余裕がでてきた。発音してみて声調がおかしいということが自分でわかるらしく,しきりに言い直したりする。それが受けたりする。来年あたりはアドリブも中国語で言えるようになるかもしれない。中国語に余裕があるから,しぐさや声色にも今回は工夫をこらすことができ,怪談「お菊の皿」が楽しめた。私は前座をつとめ,「中国語とジョーク」の話をし,いっ平さんのトレーナーである私の学生を舞台に引っ張りだして紹介した。こんな2人の“大美女”に中国語を習っていれば三年も続くわけだ,というのがオチだった。
 【2007年07月12日】 いよいよあさって
大銀座落語祭の中国語落語があさってに迫った。林家いっ平さんは,最後の追い込みも終えて,今日は我が家に見え,座敷に正座し,出し物の「お菊の皿」の最終おさらい。ここ2ヶ月ほど中国人の先生の特訓を受けた,その成果を披露してくれた。今年で3回目,「時そば」にはじまり,昨年の「動物園」,そして今年の「お菊の皿」と長足の進歩がうかがえる。なによりも仕草に余裕が見られ,じっくりと中国語を発音するようになった。これならお客さまも満足するだろう。当日私もすこし漫談で顔を出すが,今年はちょっと控えめでいいようだ。それにしても中国語落語もすっかり定着し,今回は通知が遅れ気味だったが,申し込みは1000通近く,あっという間に締め切り抽選になった。中国語の学習者が年に一度落語を聞き,笑い,そしてまた学習意欲をあらたにする。そういう役割も果たしているようだ。
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