 【2009年01月27日】 春節晩会をしました
今年の春節は26日。というわけで,大晦日の25日に恒例の「2009年春節晩会」を行いました。日曜日,しかも大晦日にもかかわらず,ほぼ100名の方が参加されました。1年ぶりという方も多く,なつかしい顔がそろいました。飲み,食べ,話し,笑い,ゲームや出し物もあり,楽しい3時間を過ごす事ができました。新春にふさわしい秋田よされ節の踊りが披露されましたし,恒例のビンゴは景品も盛りだくさんで楽しめたと思います。二次会のダーツは16人が参加,腕をきそいました。実際ははじめてという方も半分ぐらいおりましたが。今回は拙著『ちくわを食う女』(現代書館)がちょうど出来たので手みやげにしました。来年は第10回になります。ただインフルエンザが猛威をふるっていて,直前になってお子さんが熱をだしたとか,本人がダウンしたとかで,数名の方が来れませんでした。その中でも,フラダンスを披露するはずだった浅川稚広さん(映画『フラガール』に出演)が参加不可能になったのは痛手でした。来年に期待しましょう。どうか皆さん「牛年大吉!」
 【2009年01月11日】 年賀状から
やっと年賀状を出した。「今年こそは」「来年こそは」と思いながら,なかなか思うに任せないのが年賀状だ。いつも付け焼き刃だ。 で,これは誰しも思っているだろうが,人からの年賀状はそれぞれ特徴がある。毎年,年賀状のスタイルが同じな人がいる。誰の年賀状か見なくても,その絵柄というかデザインをみれば「ああ,あの人だ」とわかる。 例えば,賑やかな家族の写真を並べる人がいる。と思えば昨年の出来事を長い文章にしている人がいる。決まって手作りの版画の人がいる。ともかく賀状をみれば,誰のだか分かる。もちろん,その人との付き合いが長いせいもあるが,ともかく年賀状のスタイルがもう決まっているのである。 これに対して,特徴がこれといって無い人もいる。はっきりスタイルが決まっていない。 わたしも決まった型をもっていないくちだ。その年その年の気分で変える。これはどういうことだろう。 おそらく同じことを繰り返すのがいやなのだ。同じようなスタイルを踏襲するのは潔しとしない。今年は今年の気分で新たに考えるようだ。 そうはいっても,おのずと踏襲していることはある。いつもカラーにするとか,あまり手作りっぽいものにしないとか,文字はタテ書きよりも横書きにするとか,それなりに自然と出てくる特徴はある。 今年は年賀状を見ながらそんなことを考えた。しょうもない。
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