MAO的小屋 ~相原茂の隠れ部屋~
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MAO'S Profile
雑誌、新聞、書籍などに寄稿したエッセイ集。
中国の朝 日本の朝

相原茂
上海でホテルに泊まったときのこと,そこは日本で言えばユースホステルみたいな感じで,外国人も泊まっていたが,いかにも二つ星ぐらいの簡易ホテルであった。夜遅くホテルに着き,翌日にはそこを後にするので,それで不都合はなかった。

朝になって,なにか食事をと思った。1階には喫茶店風の店があり,そこで食事もできるが,私はむしろ街に出たい気分になっていた。通りに面した5階の窓を開け,上海の街を見下ろす。ちょうど出勤時間で,人々が忙しそうに行き来している。

見ると通りのちょうど向かいに,人が並んでいる店がある。どうやらそこで朝食を買って,歩きながらほおばっているようだ。“包子”のお店のようだ。人がひっきりなしに並び,買い,ほおばる。こういう店はきっとおいしいに違いない。なにしろ毎朝のことだ。

降りていって,そこで朝飯を調達しようと決めた。店の前について張られているメニューを見ると,いろいろな“包子”がある。ニラや白菜など野菜が具であるもの,肉がはいっているもの,“豆沙”つまりあんこのものなどだ。1個が1元前後,ともかく安い。その上,あつあつで湯気がたっている。これはうまそうだ。

私も上海市民のような顔をして3つほどゲット。さらにちかくのコンビニで飲み物を買った。コンビニを出てみると,向こうの方にもおなじように“包子”を売っている店がある。やはり数人だが人が並んでいる。
安くて美味しい“包子”を食べながら会社や学校に向かう。身体が熱くなり,これだけで「楽しい一日」がはじまるという予感が味わえる。

そういえば,日本に留学した台湾の学生が,日本の朝について不満を述べていたのを思い出した。台湾でも上海と同じような朝の光景がみられる。それが日本では見られないことが寂しいという。
共働きが多い中国や台湾では,朝の時間は貴重だ。食事は自分たちで用意するより,街の食堂や屋台で済ませた方が手間がかからず却って経済的でもある。
通勤路の両側のそこここに屋台が出ている。今日も定番の“油条”に“豆乳”にしようか。それとも,ワンタンをそそくさとすすって朝飯としようか,などと考えて家を出る。野菜たっぷりのぷりぷり春巻きもおいしそうだし,お茶で煮た茶色のタマゴもある。タケノコやキクラゲのあんかけ風スープをかけた「ふわふわ豆腐」はどうだ。しかもみんな「出来たて」だ。日本のように夜中に作った冷たい弁当ではない。
隣近所の人と会って挨拶することもあるし,同級生の誰彼と偶然同じ店に並んだりすることもあるという。

朝の公園ではおじさんやおばさんたちが太極拳をしたり,ダンスをしたりしている光景も見られる。そういう賑やかな,いかにも明るい一日のはじまりを肌で感じながら出勤する,あるいは学校へ向かう。
そういう国からやってきた者には,日本の朝はいかにも寂しい。日本人はみんなポーカーフェイスで冷たい顔をして行進しているように思える。故郷のあの朝のざわめきがなつかしい。

確かに日本には歩きながら物を食べるのははしたないこととして避ける考えがある。歩きながらでなくてもよい,ちょっと座って10分ぐらいであつあつの朝ご飯が食べられる,そんな店が増えても良いような気がする。マクドナルドやスターバックスとは違う,日本独特の朝ご飯のお店がもっとあってもよい。


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