MAO的小屋 ~相原茂の隠れ部屋~
Home Profile Essay Diary Column Gallery Books

MAO'S Profile
雑誌、新聞、書籍などに寄稿したエッセイ集。
クルマの話から

その昔,中国語で“车”と言えば「自転車」のことであった。

 我把车停在那儿。

といえば,これは「自転車をあそこに止めておいた」ということである。今じゃ,もちろん「クルマを止めておく」意味に解釈される。時代は変わったものである。

車と言えばバス。バスを表すことばの変遷というのがある。ご覧のように,上から下へ,だんだん文字数が少なくなる。最後は1文字だ。

公共汽车
 公交车
  巴士
   巴

わたしが中国語を習い始めてから,ずいぶん長い間“公共汽车”一本槍だったような気がする。それがここ10年ぐらいか,“公交车”という言い方がよく聞かれるようになった。
そしてさらに2音節の“巴士”の登場である。これは音訳だ。
最後は究極の1文字“巴”である。ただこれは単独では使われない。“大巴”(大型バス)とか“小巴”(小型バス)という。新語では“巴嫂”(バスを運転する既婚女性)などというのもある。だから「有意味最小単位」の形態素ではあるが,ともかく“巴”の1字で「バス」という意味を担っていることには間違いない。

同じような変化が「タクシー」でも起きている。最初は確か“出租汽车”と呼んでいた。もちろん今もそう呼んで通じる。それがいつの間にか“出租车”のほうがよく聞かれるようになった。3文字になった。
そしてご存じ“的士”の登場だ。taxiの訳である。ここまで来れば最後はやはり“的”の1字で「タクシー」の意味を表すようになる。但し,“打的”というように“打”と組み合わさり,単独では表せないところも“巴”と似る。

出租汽车
出租车
的士


こうしてみると,バスもタクシーも“巴士”や“的士”という英語の音訳が入ってきて情況が大きく変化する。
本来「車」と関係のない“的”が一種の車を表す。同じく本来「車」と関係のない“巴”がやはり一種の車を表すのだ。

名詞に典型的に見られるが,ある語が多音節であれば,その中の1字がその語を代表することがよくある。

音訳の場合にもこれが適用されると,“的士”の“的”や“巴士”の“巴”に新しい意味の付与が偶然的に発生することになる。
“奥标”とは「オリンピックのシンボルマーク」のことだが,このように“奥”が「オリンピック」を表したり,“吧”が「バー」を表したりする。“芭蕾舞团”から簡単に“芭团”と言う言い方が広まれば“芭”の1字に「バレエ」という意味を認めなくてはならなくなる。“奔的”なら「ベンツのタクシー」だ。“奔”にも「ベンツ」という意味を認めるかどうか。

さらに“的士”,“巴士”と後に“士”が来ているために,これもある種の連想を生む。最近の語に“蹬士”がある。「人力三輪車によるタクシー」である。“的士”,“巴士”,“蹬士”と並ぶと語末の“士”は,「交通機関による公的サービス」を表しているようだ。

ともあれ,外来語の普及は漢字の意味史上,一大事件である。

本稿は4月17日に中国語ドットコム主宰で行われた「china cafe」でのイベントにおけるトークの一部に加筆したもの。

他のエッセイを読む