中国の商標登録にコシヒカリ
中国の商標にコシヒカリがすでに「越光」でもKOSHIHIKARIでも登録されているというニュースが流れている。これについてはかつて次のようなコラムを書いたことがある。
「コシヒカリ」と「ひとめぼれ」—中国向け商品のネーミング 相原 茂 中国の北京、上海で2008年7月26日、日本産コメが2003年以来4年ぶりに発売された。テレビでも新聞でも大きく取り上げられたし,久方ぶりのいいニュースなのでご記憶の方も多いだろう。 日本からは赤城農林水産大臣まで試食会に出席した。 日本では報道されなかったようだが,安部首相が温家宝総理に“麻婆豆腐配日本大米,多少碗都吃得下。” Mápó dòufu pèi Rìbån dàmi,duõshao wän dõu chïdexià.(マーポ豆腐を日本のご飯で食べると,何杯でも食べられますよ)と言って売り込んだという記事が中国で出ていた。(『新周刊』2007年7月15日号,総255) 価格は1キロ90元で中国のお米よりべらぼうな高さだが、中国でも食の安全が話題になっている折だけに,味と安全性を武器に、中国の富裕層に売り込んでいく狙いだ。「こんなにおいしいコメは食べたことがない」という感想も紹介された。 これから夏休み,中国に帰省する中国人留学生たちは,このニュースを聞いた家族や友人から「お土産は日本のお米がいい」と言われているそうで,値段はともかく,あの重さに困った困ったを連発している。 こういう話もなんだか愉快な気持ちにさせてくれる。しかしそんな中,一点眉をしかめる報道があった。それは商標登録の問題である。
「すでに中国では、「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」の中国表記である「越光」「一目惚」が商標登録されている。このため、ヨーカドーで発売されたコメの袋にも漢字ではブランドが表記できず、「新潟県産」「宮城県産」とあるだけ。日本で培ったブランド戦略は最初からタガがはめられている。」 (2007年7月26日13時44分 読売新聞)
しかし,そもそも「コシヒカリ」とか「ひとめぼれ」というブランドは日本向けのもの。それを中国語に漢字表記しただけの「越光」や「一目惚」はほとんど意味をもたない。中国人にとっては知名度もなにもないわけで,つまりブランドとしての価値はまだないといえる。ここは慌てずに,新しく中国向けのブランド名を考えてつければよいだけの話である。 たとえば「コシヒカリ」なら「コシ」は「越前」「越中」「越後」という地名の“越”が使われている。“越”がダメなら,いっそ「新潟光」ならどうか。 実はとっさにそう思ったのだが,これにはちょっと二の足を踏んだ。第一「新潟」の「潟」の字が難しい。発音はxì で「アルカリ質の土壌」というぐらいの意味だが,ふつうの中国語にはほとんど出て来ないので,こんな字を知っている人はまれだ。そのため「新潟」の「潟」はこの字とよく似た「瀉」という字の簡体字“泻”をあてがわれてよく“新泻”と書かれ,xïnxièと発音される事が多いのが現状だ。ところがこの“泻”xiè には「下痢をする」という意味がある。 すると“新泻光”はxïnxiè guãngと読まれ,これは何だか「新しく,お腹がからっぽになるぐらいひどい下痢をする」ような意味になってしまう。“泻光” xièguãng という音を耳にすると普通の中国人はそういう連想をする。これに対して“越光”がいいのは“月光” yuèguãngと音通で,イメージもよいのである。
そこで私のネーミングは「北陸の光」,これを中国語にして“北陸之光” båilù zhï guãngとする案だ。新潟も広義の「北陸地方」だし,意味も「北の大陸の光」というわけで,イメージとしてもなかなかきれいだ。 「ひとめぼれ」のほうは中国の商標登録は“一目惚” だというが,“惚” hÆはご存知のように「恍惚」というときの「惚」であるから,「ぼんやりする」で,あまりよい意味ではない。 惚れるというのなら“一见钟情” yí jiàn zhõng qíngとするべきである。これはれっきとした四字成語で意味も「ひとめぼれ」そのものだ。しかし,私の予想ではこれもすでに商標登録されているだろう。そこで少しひねりをきかせて,そもそも食べてみて味がわかるのだから,「ひと目」惚れよりも「ひと口」惚れのほうがよくはないか。それならば“一口钟情” yì köu zhõng qíngである。これは私が考えた新しい四字熟語だ。こういう,ちょっとした言い換えを施した四字成語は結構中国人に受けるのである。
ネーミングというのは国が違い,言語が違えば多方面にわたる気配りが必要になる。語呂がよいか,おかしな連想を引き起こさないか,その国のタブーに触れてないか,文化的嗜好に合っているか,などなど。 ただ,この文章を公表してしまうと,また誰かに商標登録されやしないか。それが悩ましい。 (『ちくわを食う女』現代書館,収録)
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